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2013年05月31日

太田雄蔵3

『西征手談』 〈文政3年6月15日〉

   津田鏛之助
先 太田卯之助

163手 黒中押勝










津田鏛之助は不詳。二段くらいでしょう。
名前の読み方もわかりません。「鏛」の字を出すのに苦労しました。
白18以下はおなじみの大流行定石。現代の目からは、白は途中でD4に打つべきという説もあります。
白54〜60を見ると、白もなかなかの打ち手ですね。
黒69以下が雄蔵一流の打ち回しです。碁盤を広く使っています。これが14歳の少年だと思うと末恐ろしいです。
黒117まで勝勢を築きました。とくに難しいようには見えませんが、なかなかこうは打てないものです。

少年に見事につぶされたとはいえ、鏛之助さんもこの一局で歴史に名を残しました。
200年後にこんな形で全世界に棋譜が公開されて、鏛之助さんにもきっと喜んでいただけることでしょう。
posted by 時代 at 23:28| Comment(0) | 太田雄蔵 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年05月30日

太田雄蔵2

『西征手談』 〈文政3年10月24日〉

二子番 赤星 因誠    
      太田卯之助

115手 白中押勝











赤星因誠は後の因徹です。当時11歳とあります。
先二の二子番のようですので、現在の言い方にすると、雄蔵1級、因徹4級ということになるでしょう。

本局は因徹の才気あふれる打ち回しにほれぼれしますね。
こんな11歳(数えなので満10歳)がいるでしょうか。
天才因徹相手に、一日の長を見せて快勝した14歳雄蔵もまた見事です。

本局は「従巳刻至午中刻」(巳の刻より午の中刻に至る)という注記がありますので、2時間ほどで打たれたことになります。
子どもなので当然早打ちなのでしょうが、それを考えるとまたちがった趣があります。
posted by 時代 at 19:36| Comment(0) | 太田雄蔵 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年05月29日

太田雄蔵1

『西征手談』 〈文政3年1月21日〉

    鈴木 知清
四子 太田卯之助 (14歳)

100手 黒中押勝











マイナー棋士ばかり取り上げていると誰も来なくなるので、ここらで人気棋士に登場いただきましょう。
『西征手談』は太田雄蔵の打碁集です。
この本はユニークな構成で、前半は10代の碁が約30局、後半は20代後半の碁が約20局となっています。
前半には雄蔵がまだ入段前の置碁が多数含まれています。
後半も秀和や算知といった有名棋士との碁は少なめで、かわりに無名のアマ棋士との置碁などを入れています。
雄蔵の意気に感じて、本ブログでも置碁や無名棋士との碁を多く取り上げたいと思います。

本局は『西征手談』巻頭の局。雄蔵は14歳、入段のはるか前です。
現代で言えば、少年少女ベスト4の中学生が、リーグ入り経験のある中堅の九段に指導碁を打ってもらった、という感じでしょう。
黒22が厳しいウチコミ。4子でこう打たれては早くも白お手上げです。
以下の戦いは互先とまったく変わりません。黒46でオワです。
黒60の転身に、後年の雄蔵らしさを垣間見る気がします。
勝負という観点からは見るべきものはありませんが、巻頭にこの一局を置いたということは、雄蔵にとっておそらく思い入れのある碁だったのでしょう。
posted by 時代 at 21:40| Comment(0) | 太田雄蔵 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年05月28日

本因坊秀伯・井上春碩10

『御城碁譜』 〈元文5年5月18日〉
争碁第8局

先番 本因坊秀伯
    井上 因碩

247手 白3目勝










前局のお返しとばかり、秀伯も初手左上です。ゾクゾクしますね。
白18・20はいかにも春碩流の手厚さです。
白64・66に回り、白かなり打ち回しました。
黒79、97は「勝ちました」という打ち方ですが、中央が白っぽくなってました。
白は右辺のコウがらみで黒175と手入れさせ、ついに抜き去りました。

本局が秀伯−春碩争碁の最終局です。
本来は二十番碁でしたが、秀伯の病気により、本局で打ちきりとなりました。
結果は秀伯の4勝3敗1ジゴで、春碩を打ち込むことができず、七段になれませんでした。
本局を見ると、秀伯はすでに体調が悪化していたのかもしれません。
秀伯は翌年、26歳で亡くなりました。
まさにこの争碁にすべてを捧げた人生だったと言えるでしょう。

秀伯は夭折しましたが、私の見るところ歴代本因坊の中でも上位の力と思います。
算悦や烈元よりは上と思いますが、どうでしょうか。
posted by 時代 at 21:10| Comment(2) | 本因坊秀伯・井上春碩 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年05月27日

本因坊秀伯・井上春碩9

『御城碁譜』 〈元文5年4月18,5月6日〉
争碁第7局

    本因坊秀伯
先番 井上 因碩

263手 白2目勝










春碩の初手は左上です。これぞ争碁ですね。
黒11カケに手抜きして白12カケ返しもすごい気迫です。
白46は一瞬、棋譜の誤りかと思いますね。良い手がどうかわかりませんが、長考の一手だったでしょう。
黒81に白82・84と機敏にかわし、白ややリードのようです。
黒105・106も善悪を超えた応酬です。
黒197はどうして198にホウリコまなかったのでしょうか。
ともかく秀伯はついに大逆番を入れ、2局勝ち越しのリードを奪いました。
posted by 時代 at 22:33| Comment(0) | 本因坊秀伯・井上春碩 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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