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2013年06月30日

本因坊烈元・小松快禅3

写本『徳川時代打碁集』 〈安永6年6月22日〉

   本因坊烈元
先 小松 快禅

259手 黒9目勝










黒17以下の決め方は、一昔前の道策時代以前に流行った手です。
右下の白が固いので黒39・41はいやな感じですが、快禅師は気にしません。あえて入らせようとしています。
さっさく白50はどうだったでしょうか。白は下辺と左下に薄い石をかかえていて心配です。
黒はともかく白を追い出して三方ガラミの態勢を築きました。
白100となり、これですべて無傷ならば白良しですが。
黒119から黒129のマクリが手筋。
白148までつながったものの、全体の眼が怪しいです。
最終的に白はしのいだものの、左右の大石を二眼までいじめられたうえに、代償として下辺をワタられては足りません。
終始気持ちよく攻めて快勝した、快禅師の好局です。
posted by 時代 at 12:38| Comment(0) | 本因坊烈元・小松快禅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年06月29日

本因坊烈元・小松快禅2

写本『徳川時代打碁集』 〈安永6年6月11日〉

   本因坊烈元
先 小松 快禅

186手 白勝










黒23、さらに29・31と積極的な仕掛けです。
黒45が快禅流です。ふつうはこんな手がうまくいくわけはないと考えもしないところですが、そんな常識は通用しません。
黒63まで生きたものの、白64に回って白よしです。
白68と弱点を突かれ、黒苦しくなってきました。
左下のコウは白に余裕があります。
黒127以下、巧妙に右辺を荒らしましたが、全局的には形勢は好転していません。
本局は烈元の快勝となりました。快禅師の棋風では、負けるときはこういう風になります。
posted by 時代 at 16:57| Comment(0) | 本因坊烈元・小松快禅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年06月28日

本因坊烈元・小松快禅1

写本『徳川時代打碁集』 〈安永6年5月21日〉

   本因坊烈元
先 小松 快禅

196手 黒勝










烈元−快禅の十番碁を紹介します。
対局時、烈元は本因坊家跡目で28歳六段です。
快禅はいわば素人の賭碁打ちで、おそらく40歳前後ではないかと思われます。
どんないきさつで十番碁が打たれたのかわかりませんが、後の丈和−米蔵戦と同様に、烈元にとっては家元の威信を背負った重い碁だったかもしれません。

このブログでは、原則として初手左下の譜はすべて右上に直しています。
しかしこの十番碁には、単なる逆写しとは思えない、妙な位置の初手が見られます。
そのため今回は例外的に左下初手もそのままとしました。

白12まで静かな立ち上がりです。
黒13・15はいったい何でしょう? 素人の単なる定石外れか、はたまた家元を挑発したのでしょうか?
黒31が快禅流です。徹底的に食いつこうというのです。
黒41と不格好でも、黒45が厳しくともかく黒ペースです。
出ました、黒59! 味悪などおかまいなし、自分の碁を貫こうという強い意志を感じます。
白104とパンチが決まったかというところで、再び黒105・107がすごい手。もはや俗筋などという陳腐な言葉では言い表せません。
白120以下が厳しい追及。白128まで今度こそ終わったかに見えましたが、黒129以下はみ出して、白もにわかに薄くなってきました。
黒135〜143が決め手。完全に攻守逆転です。
最終的に右辺の黒まで復活してしまいました。
最後、おかしなところで棋譜が終わっていますが、黒は中央のコウを譲っても勝ちのようです。
posted by 時代 at 22:24| Comment(0) | 本因坊烈元・小松快禅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年06月27日

相原可碩20

写本『可碩打碁集』 〈宝暦13年11月26日〉

   相原 可碩
先 坂口 仙徳

159手 黒中押勝










可碩は66歳、最晩年の碁です。
坂口仙徳は大仙知の父。当時25歳前後で五段でした。

仙徳は豪快な棋風で知られます。本局も両高目のスタートです。
白46〜50は筋ですが、仙徳得意の外回りを誘発しました。
軽い利かしの白74に対して、無視して黒75〜83がすばらしい決断です。あっという間に模様が完成し、勝勢を築きました。
可碩はもはや本気で負かしにいく感じはなかったでしょうが、若手のホープとの対局で新時代の感覚にふれ、きっと感無量だったことでしょう。

これで可碩はおしまいです。
可碩は、棋力はもちろん、当時の囲碁界への影響力や重要度から見て、服部因淑や林元美・天保四傑あたりと比べても少なくとも同格以上でしょう。
残念ながら『日本囲碁大系』に入らず、現在もっとも忘れられていた棋士でしたので、詳しく紹介できてよかったです。
posted by 時代 at 19:52| Comment(0) | 相原可碩 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年06月26日

相原可碩19

『古今碁経抜萃』 〈宝暦6年〉

    相原 可碩
三子 高野密文坊

184手 黒6目勝











高野密文坊は不詳。『碁経玉だすき』にも可碩との三子局があります。
なお「可碩」は「加世喜」と表記されています。

本局の黒は、黒32・40・90など、終始白の言うことをきかず反発して大所に回ったのが勝因でしょう。
3子局の黒としてなかなか参考になる打ち回しでした。
posted by 時代 at 19:54| Comment(0) | 相原可碩 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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