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2014年03月31日

野澤竹朝14

『萬朝報』碁戦 第139回(選手対抗第5回) 〈明治43年2月13日〉

   野澤 竹朝 四段
先 鈴木為次郎 三段 

150手 白中押勝










明治43年、待ちに待った坊門と方円社の対抗戦が開始されました。
10人の棋士が東軍・西軍に分かれ、5人抜きすれば優勝となります。
メンバーは以下の通りです。
東軍:土屋秀元・井上孝平・本因坊秀哉・野澤竹朝・井上因碩
西軍:鈴木為次郎・喜多文子・広瀬平治郎・岩佐_・中川亀三郎(2代目)
「東軍・西軍」は関東・関西とは無関係で、東軍=坊門、西軍=方円社というチーム編成です。
なお、喜多文子は坊門・方円社の両方に在籍していました。編成の都合上、西軍に入ったものと思われます。
開始早々、西軍の鈴木がいきなり秀元・井上・秀哉・因碩と4人抜きして、本局を迎えました。
坊門の名誉を賭けて、絶対に負けられない一戦です。

黒27は工夫の一着です。
白48に回って白悪くなさそうですが、黒49〜57で難解です。
黒61はJ5〜N3が冷静だったようです。
白76から愚形にされ、白86とカケられてのコウでは黒形勢を損ねました。
難しい二段コウですが、白120までのフリカワリで勝負を決めました。

2歳年少の鈴木に対して、力でねじふせようとする野澤の打ち方は、これまでの坊門内の手合とは明らかに違います。
対抗戦の企画は大成功、当時の読者は大いに盛り上がったことでしょう。
posted by 時代 at 21:45| Comment(0) | 野澤竹朝 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月30日

野澤竹朝13

『萬朝報』碁戦 第126回(臨時手合) 〈明治42年10月14日〉

          井上 因碩 五段     
先先先 先番 野澤 竹朝 四段

155手 黒中押勝










因碩は田淵米蔵です。2年前に十五世を継ぎました。
関西在住ですが、たびたび上京して手合に参加しています。

秀策流から黒7とこちらのコスミが試されています。
黒25まで、前局によく似た布石です。
白34・36はP2オキを狙った工夫ですが、やはり黒37ウチコミは厳しいです。
白56までの分かれは黒悪くないでしょう。
黒61で中央を制し、白62に黒63ツケがすばらしい呼吸でした。
黒71とキリが入り、後は確実な収束です。
posted by 時代 at 17:18| Comment(0) | 野澤竹朝 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月29日

野澤竹朝12

『萬朝報』碁戦 第106回(坊門勝継) 〈明治42年3月30日〉

先先先 高部 道平 四段
先番   野澤 竹朝 四段

212手 黒4目勝










白26〜30は面白く、いちおう止まっています。
白38から成り行き上、模様を張る展開になりました。高部にはわりとこういう碁があります。
白70が鋭い攻めでコウになりました。黒75でM18(!)が妙手で生きがありました。ご検討ください。
白96で大地が完成しましたが、黒97に回って黒勝ちです。

本局で野澤は12人抜きとなり、『萬朝報』紙の記録を作りました。
(次局で本因坊秀哉に先番で敗れ、止まりました)
野澤の、明治39年から42年まで4年間の『萬朝報』での成績は、なんと21勝4敗(.840)です(臨時手合を含む)。
手合割で黒番が多いとはいえ、信じられない勝率です。

しかし、これはあくまでも坊門内での勝ち抜き戦です。当時の坊門と方円社を比較すると、坊門はナンバー1である本因坊秀哉準名人を擁していたものの、後は峠を越えたベテラン棋士が中心でした。加えて、期待の若手であった雁金準一五段は、例の一件で野に下っています。
一方の方円社は、中川千治六段・広瀬平治郎五段・岩佐_五段などの中堅棋士や、鈴木為次郎三段・瀬越憲作無段(入段前)といった若手がそろい、層の厚さでは方円社に分がありました。
野澤の12連勝は文句なしにすばらしい成績ですが、はたして方円社の精鋭棋士にも勝てるのだろうか。囲碁ファンの興味はその一点に集まります。
posted by 時代 at 09:26| Comment(0) | 野澤竹朝 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月28日

野澤竹朝11

『萬朝報』碁戦 第104回(坊門勝継) 〈明治42年2月18日〉

          土屋 秀元 四段
先先先 先番 野澤 竹朝 四段

197手 黒中押勝










野澤は、井上孝平・稲垣兼太郎・伊藤小太郎・土屋秀元・高部道平・本因坊秀哉・喜多文子・井上孝平・稲垣兼太郎・田阪信太郎と破り、前人未踏の10人抜きを達成しました。
11人目の秀元戦です。

黒27、そして黒47は野澤らしからぬ打ち方です。10人抜きで、気楽に試してみようということでしょうか。
黒53でR14ツメなら、白はどうサバいたでしょう。
黒59が急所です。
白92と逃げ出しては長期戦の様相です。
白112までさらに稼がれ、黒113は必死の取りかけです。
黒123・125はどうでしたか。白134となってはアマリ形です。
白158ではG7〜M7で反撃するチャンスでした。白はシノギましたが、黒191が生じては足りません。

本局は大模様〜取りかけという野澤不得意の展開で、苦戦を強いられました。
秀哉以外の棋士にはなかなか負けそうもありませんが、秀元は強いです。
posted by 時代 at 22:18| Comment(0) | 野澤竹朝 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月27日

野澤竹朝10

『萬朝報』碁戦 第94回(坊門勝継) 〈明治41年11月9日〉

        本因坊秀哉 八段
先二 先番 野澤 竹朝 四段

244手 黒2目勝










白10・12と布石に趣向を凝らすのが秀哉の碁です。
白20〜24もいかにも秀哉らしい手。しかし黒31〜35が好手で、黒十分な分かれです。秀哉の自評によれば、白28はG16にトビ、黒D13、白ヌキ、黒G14ケイマの時に、白H14ツケでがんばるべきとあります。
黒57、61とどんどん大場に先行して、完全に野澤ペースです。
当然に見える白74ツケが逸機で、75ツケ(!)が勝負手でした。
以下、黒は確実に逃げ切りました。

野澤は二子番に続いて先番でも秀哉を破りました。随所に持ち味を発揮し、内容的にも生涯を代表する名局でしょう。
posted by 時代 at 19:30| Comment(0) | 野澤竹朝 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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