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2013年05月25日

本因坊秀伯・井上春碩7

『御城碁譜』 〈元文5年1月27,28日〉
争碁第5局

先番 本因坊秀伯
    井上 因碩

198手 黒4目勝










白10・12は意欲的な打ち方。この争碁では、両者布石を工夫しています。
黒27〜29はおたがいに気合です。
白58・60は厚い手です。春碩は白番でも厚く打ち、寄りつきにかけます。
白76は鋭い手。
左下白72以下で下辺を破り、白88が好点。この段階では、白がかなりこなしていると思います。
黒は上辺でつらい生きを強いられたものの、黒119・127と着実に寄せて、しっかり余しました。

どうして秀伯は七段昇段を急いだのでしょうか。
それはおそらく、因長・春碩に名人碁所の意志があったためでしょう。
具体的には、きわめて近い将来、因長が名人になってしまうおそれがある、ということです。
元文4年当時の段位・年齢は以下の通りです。

林門入(因長)   八段 49歳
井上因碩(春碩) 七段 33歳
安井仙角(春哲) 六段 29歳
本因坊秀伯    六段 24歳

この時、名人に最も近い位置にいたのは因長門入でした。事実、因長は秀伯の死後、名人碁所を出願します。ただし、因長に名人にふさわしい力があったかは疑問です。
秀伯の争碁は、本来ならば八段の因長が打つのが筋ですが、かわりに春碩が打っています。これは、年齢的なことだけでなく、因長自身、棋力の問題を自覚していたのでしょう。
林家と井上家はこの時協力関係にあり、後の因長の名人出願に、春碩は添願人となっています。因長は、家元間の話し合いによる名人就位をこの段階ですでに望んでおり、名人になったらしかるべきタイミングで春碩に譲る、ということを考えていたのだと思います。
それを察知した秀伯は、因長-春碩という流れを阻止するために、争碁を打ってでも一刻も早く七段に昇る必要がありました。


posted by 時代 at 11:56| Comment(0) | 本因坊秀伯・井上春碩 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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