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2013年05月28日

本因坊秀伯・井上春碩10

『御城碁譜』 〈元文5年5月18日〉
争碁第8局

先番 本因坊秀伯
    井上 因碩

247手 白3目勝










前局のお返しとばかり、秀伯も初手左上です。ゾクゾクしますね。
白18・20はいかにも春碩流の手厚さです。
白64・66に回り、白かなり打ち回しました。
黒79、97は「勝ちました」という打ち方ですが、中央が白っぽくなってました。
白は右辺のコウがらみで黒175と手入れさせ、ついに抜き去りました。

本局が秀伯−春碩争碁の最終局です。
本来は二十番碁でしたが、秀伯の病気により、本局で打ちきりとなりました。
結果は秀伯の4勝3敗1ジゴで、春碩を打ち込むことができず、七段になれませんでした。
本局を見ると、秀伯はすでに体調が悪化していたのかもしれません。
秀伯は翌年、26歳で亡くなりました。
まさにこの争碁にすべてを捧げた人生だったと言えるでしょう。

秀伯は夭折しましたが、私の見るところ歴代本因坊の中でも上位の力と思います。
算悦や烈元よりは上と思いますが、どうでしょうか。
posted by 時代 at 21:10| Comment(2) | 本因坊秀伯・井上春碩 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年05月27日

本因坊秀伯・井上春碩9

『御城碁譜』 〈元文5年4月18,5月6日〉
争碁第7局

    本因坊秀伯
先番 井上 因碩

263手 白2目勝










春碩の初手は左上です。これぞ争碁ですね。
黒11カケに手抜きして白12カケ返しもすごい気迫です。
白46は一瞬、棋譜の誤りかと思いますね。良い手がどうかわかりませんが、長考の一手だったでしょう。
黒81に白82・84と機敏にかわし、白ややリードのようです。
黒105・106も善悪を超えた応酬です。
黒197はどうして198にホウリコまなかったのでしょうか。
ともかく秀伯はついに大逆番を入れ、2局勝ち越しのリードを奪いました。
posted by 時代 at 22:33| Comment(0) | 本因坊秀伯・井上春碩 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年05月26日

本因坊秀伯・井上春碩8

『御城碁譜』 〈元文5年3月23〜27日〉
争碁第6局

先番 本因坊秀伯
    井上 因碩

287手 ジゴ










黒13のウチコミは積極的です。
黒47・49は苦心の打ち方ですが、白50が好手。右下は白得をしました。
白62〜66は春碩流。中央が白っぽくなってきました。
白98〜102は、後に見るように左下黒への攻めを狙っています。
白116がその鋭い攻め。全部受けると目がありません。
白122に黒123のコウトリが微妙。フリカワリの具合などを考慮したのでしょうが、白124・130を利かされて地は大損です。
白144がまた微妙なコウダテ。結局黒149までのフリカワリとなりました。これで細かいと思われます。
黒153は左辺を取り切っておく手もありました。白160までまた大変化です。
以下のヨセは、おたがいに勝つチャンスもあったようです。

本局は気合の変化やフリカワリが何度もあり、損得がよくわかりません。
ともかくジゴになり、春碩はついに白番をジゴに持ち込みました。
秀伯は気合の良い棋風ですが、それが裏目に出た一局と言えます。
posted by 時代 at 08:15| Comment(0) | 本因坊秀伯・井上春碩 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年05月25日

本因坊秀伯・井上春碩7

『御城碁譜』 〈元文5年1月27,28日〉
争碁第5局

先番 本因坊秀伯
    井上 因碩

198手 黒4目勝










白10・12は意欲的な打ち方。この争碁では、両者布石を工夫しています。
黒27〜29はおたがいに気合です。
白58・60は厚い手です。春碩は白番でも厚く打ち、寄りつきにかけます。
白76は鋭い手。
左下白72以下で下辺を破り、白88が好点。この段階では、白がかなりこなしていると思います。
黒は上辺でつらい生きを強いられたものの、黒119・127と着実に寄せて、しっかり余しました。

どうして秀伯は七段昇段を急いだのでしょうか。
それはおそらく、因長・春碩に名人碁所の意志があったためでしょう。
具体的には、きわめて近い将来、因長が名人になってしまうおそれがある、ということです。
元文4年当時の段位・年齢は以下の通りです。

林門入(因長)   八段 49歳
井上因碩(春碩) 七段 33歳
安井仙角(春哲) 六段 29歳
本因坊秀伯    六段 24歳

この時、名人に最も近い位置にいたのは因長門入でした。事実、因長は秀伯の死後、名人碁所を出願します。ただし、因長に名人にふさわしい力があったかは疑問です。
秀伯の争碁は、本来ならば八段の因長が打つのが筋ですが、かわりに春碩が打っています。これは、年齢的なことだけでなく、因長自身、棋力の問題を自覚していたのでしょう。
林家と井上家はこの時協力関係にあり、後の因長の名人出願に、春碩は添願人となっています。因長は、家元間の話し合いによる名人就位をこの段階ですでに望んでおり、名人になったらしかるべきタイミングで春碩に譲る、ということを考えていたのだと思います。
それを察知した秀伯は、因長-春碩という流れを阻止するために、争碁を打ってでも一刻も早く七段に昇る必要がありました。
posted by 時代 at 11:56| Comment(0) | 本因坊秀伯・井上春碩 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年05月24日

本因坊秀伯・井上春碩6

『御城碁譜』 〈元文4年12月18〜23日,5年1月18日〉
争碁第4局

    本因坊秀伯
先番 井上 因碩

175手 黒13目勝










白8・10は、先代の知伯にも同様の碁があり秀伯の新手というわけではありませんが、それでも思い切った趣向です。
対する黒13・15は最強の反発です。
以下は一気呵成に、両者一歩も引かない戦いに突入しました。
白82に黒83もすごい手。
白96が微妙なところ。『御城碁譜』によると「下辺O2トビがよかった」とのことですが、地が損だし、ダメを詰めておきたい意味もあるでしょう。
黒109と生きては黒優勢です。
黒121が白の借金でした。白132までのフリカワリでは追いつけません。
白は左辺でも無理を承知で頑張りましたが、黒155が絶妙の決め手。どういう意味か、考えてみてください。
本局は実に7日がかりです。何とか逆番をものにしようという、秀伯の執念が伝わってくる1局でした。

この争碁はなぜ起こったのでしょうか?
一般には「秀伯の七段に因長・春碩が反対した」とされています。では、因長と春碩が単にケチくさかったということでしょうか?
客観的に見て、この段階での秀伯の七段には、かなり無理があります。
秀伯は享保20年、20歳で六段となりました。七段昇格の打診は4年後の元文4年です。七段上手という重い地位に、わずか4年で上がるというのは、通常でもあまり考えられません。
では、秀伯は短期間でそれだけの実績を残したのかとなると、さらに疑問です。
六段になってからの秀伯の御城碁の成績は以下の通りです。
享保20年 対安井春哲 向先番 2目負
元文1年  対林門利 向2子番 6目負
元文2年  対安井仙角 向先番 1目負
元文3年  対井上因碩 先番 4目勝
この頃の御城碁は真剣勝負かどうか疑問とはいえ、この成績であっては、七段昇格に反対するほうがむしろ自然でしょう。
(つづく)
posted by 時代 at 21:45| Comment(0) | 本因坊秀伯・井上春碩 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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