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2013年08月29日

慶安・寛文四傑(哲齋・玄齋・如清・因策)20

『爛柯堂棋話』 〈於京都妙蓮寺〉

   中坊 哲齋
先 板垣善兵衛

160手 白2目勝










哲齋−善兵衛戦の続きです。
黒11以下は常用の形ですが、この配石ではピンときません。
白40の動き出しが意表をつきました。黒35では手堅く取っておくのでしたか。
黒55は沈着な手ですが、これなら白56・58で不満なしと見ました。
白100まで右辺を固めて有望でしょう。
白132が決勝点です。

前局は善兵衛の快勝でしたが、本局は哲齋が雪辱しました。
本局について、『異本 爛柯堂棋話』に次のような話があります。(『囲碁名著選集 解説書』による)

善兵衛が京都滞在中に、近衛殿下の知遇を得ました。
善兵衛は哲齋と対局することになり、5目勝・12目勝と2連勝したところ、殿下はたいそう喜び、善兵衛に「もう1局勝ったら召し抱えよう」と申し出ました。
ところが善兵衛は、公卿との付き合いに縛られることを嫌い、わざと負けて京都を去ったということです。

これが本当であれば、本局は善兵衛がわざと負けた1局ということになります。
上記の話の真偽は確かめようもありません。本当の話なら、善兵衛は後代に剃髪を嫌って御城碁を辞退した太田雄蔵に通じる粋人ということになりますね。
あるいは単なる負け惜しみかも。善兵衛は当然勝ちにいったのですが、プレッシャーから手が伸びずに敗れてしまい、後で「いや〜公卿なんてまっぴらだから、わざと負けてやったよ」なんて言い訳したのでは。
どちらが真実なのか、棋譜からご判断ください。

以上で慶安・寛文四傑はおしまいです。
棋力もさることながら、4人のそれぞれ個性あふれる打ち回しが印象的でした。
随所にかいま見える、道策に通じる新しい感覚を感じ取っていただけたでしょうか。
「道策は一日にして成らず」
道策は、名人算知や師の本因坊道悦よりもむしろ慶安・寛文四傑から多くのことを学び、それを自分のものにすることによって道策流を完成させたのではないかと考えています。
posted by 時代 at 19:07| Comment(0) | 哲齋・玄齋・如清・因策 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年08月28日

慶安・寛文四傑(哲齋・玄齋・如清・因策)19

『爛柯堂棋話』 〈慶安5年4月6日, 於近衛殿下〉

   中坊 哲齋
先 板垣善兵衛

241手 黒12目勝










最後は哲齋−善兵衛戦です。
板垣善兵衛は本因坊算悦門下。おそらく当時六段で、後に上手に昇ったとも言われ、道策に先で勝った碁もある実力者です。
この対局には面白い逸話がありますが、それは明日のお楽しみ。

黒11まで、典型的な本因坊流VS安井流の布石です。
黒47が厳しい打ち込み。黒53までリードを奪いました。
さらに黒63が大きな手。これで下方を両方シノゲば黒勝ちです。
白は必死に紛れを求めますが、危なげなく黒完勝となりました。

本局からわかるように、善兵衛は慶安・寛文四傑と肩を並べる実力者でした。
同時期には他に青木愚碩・法橋現碩・杉村三郎左衛門といった棋士がいて、いずれも五〜六段であったと思われます。
家元以外の棋士は江戸時代屈指の層の厚さを誇り、知られざる黄金時代だったと言えるでしょう。
posted by 時代 at 19:54| Comment(0) | 哲齋・玄齋・如清・因策 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年08月27日

慶安・寛文四傑(哲齋・玄齋・如清・因策)18

『碁経連珠』 〈万治年中か〉

   中坊 哲齋
先 蔭山 如清

197手 黒中押勝










哲齋−如清戦は互先で如清2勝です。
黒9のコスミはこれまでにも何局かありました。
黒19のケイマジマリは、この時代には珍しいです。如清は布石に工夫をこらすタイプです。
右下は黒つらい生き方ですが、生きる前に黒55で様子を聞き、白56・黒57を打たせたので我慢しました。
白78まで、白打ち回して有望と見られます。
黒は形勢容易ならずと見て、黒121以下左辺にコウを仕掛けました。
白146はコウダテを考慮した手ですが、それでも意外に白のコウ材が難しいです。
白160のコウダテに対して、黒161がすごい反撃でした。白64の1子をちぎってすべて持ち込みにさせ、難局に勝利しました。
posted by 時代 at 18:44| Comment(0) | 哲齋・玄齋・如清・因策 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年08月26日

慶安・寛文四傑(哲齋・玄齋・如清・因策)17

『古碁枢機』

   蔭山 如清
先 寺井 玄齋

190手 黒5目勝










白24・26は如清流ですが、常識的にはよいとは思われません。
対する黒29がすばらしい構想です。こういうたぐいの手は、算知までの碁にはほとんど見られません。おそらく、こうした手が道策に強い影響を与えたのではないでしょうか。
黒51・53も何気ないですが、この基本定石はこれ以前にはあまり見かけません。
黒89となり、逆に黒が厚くなってきました。
白94はしかたないでしょうが、黒95と打たれ、右辺の白はひどく重い姿です。
白100以下、先に黒を攻めて打開しようとしたものの、うまくいきませんでした。
posted by 時代 at 19:12| Comment(0) | 哲齋・玄齋・如清・因策 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年08月25日

慶安・寛文四傑(哲齋・玄齋・如清・因策)16

『古碁枢機』

   本因坊算悦
先 蔭山 如清

164手 白勝










本因坊算悦と慶安・寛文四傑との遺譜は少なく、如清・玄齋の各1局のみです。

黒3〜7がいかにもこの時代の定石です。
黒15が苦戦の遠因と思われます。
以下黒43まで、如清らしい石の張った打ち方ですが、打ちすぎでしょう。
黒61も無理ですが、もはやこうしてシノギ勝負にするよりないかもしれません。
一方、白の算悦の手は自然で、まったく無理がありません。
白82のワリコミが決め手。
黒103までいちおうフリカワリの形ですが、もちろん勝負になりません。
黒111以下も錯覚と思われます。

本局はおそらく如清の若い頃の碁で、まったくの不出来ですが、算悦戦は貴重なので紹介しました。
如清の力はこんなものではありません。
posted by 時代 at 19:00| Comment(0) | 哲齋・玄齋・如清・因策 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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