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2013年12月01日

裨聖会24

『裨聖会棋譜』
第24局 〈大正13年2月3日,10日,17日,24日〉

    高部 道平(3勝8敗)
先番 鈴木為次郎(5勝6敗)

137手 黒中押勝










黒23まで平明な布石です。
黒25の消しは好手。コミなしでもあり、これだけ浅くても白は受けられません。
白30・34は思い切った投資です。
黒65以下がうまいサバキです。先に得をしているので、つながりさえすれば十分です。白は2回ポンヌいたものの、代償を得る場所がありません。
以下、黒は悠々と逃げ切りました。消化試合とはいえ、白の打ち方はいささか淡泊です。

以上で第1期裨聖会全24局が終了しました。最終結果は以下の通りです。
1位 雁金 準一  8勝3敗1ジゴ 83点
2位 瀬越 憲作  6勝5敗1ジゴ 67点
3位 鈴木為次郎 6勝6敗     60点
4位 高部 道平  3勝9敗     30点

というわけで雁金が第1期優勝、および得点75点以上の優等点獲得により「代表選手」となりました。
規定によれば、3期連続優勝すると「名誉選手」として棋界最高の栄誉を得られることになっていました。
しかし前年の関東大震災の影響もあり、囲碁界は急転、坊門と方円社は協力して「日本棋院」設立へと動きました。
そのため、裨聖会は1期限りで解散となりました。
碁界合同は喜ばしいことですが、参加予定だった岩佐や野沢も含めた第2期裨聖会を見たかった気もします。
日本棋院設立メンバーに加わった雁金でしたが、諸般の事情により棋院には参加せず、再び高部とともに棋正社を設立することになりました。

24日前のクイズで出題したように「日本初のタイトルホルダー」は裨聖会優勝の雁金ということになります。
ただし、裨聖会では「タイトル」の概念がまだ明確ではなく、規定上は3期連続優勝ではじめてタイトル獲得というふうにも読めます。
したがって、雁金をタイトル保持者として認定してよいかどうかは、歴史家によって判断が分かれるかもしれません。
個人的には、結果的にその後囲碁界の本流から離れ、実力を十分に発揮する機会が得られなかった雁金の名誉をたたえる意味においても、雁金をタイトル保持者として認めたいと思います。
ラベル:高部 鈴木 裨聖会
posted by 時代 at 10:19| Comment(0) | 裨聖会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年11月30日

裨聖会23

『裨聖会棋譜』
第23局 〈大正13年2月3日,10日,17日〉

    雁金 準一(8勝2敗1ジゴ)
先番 瀬越 憲作(5勝5敗1ジゴ)

97手 黒中押勝










白20はL16カケが穏やかです。
黒37が適切な荒らしです。
黒49・51が厳しく、戦機をつかみました。
白86で生きだけはあったようですが、すでに勝ち目なしと見て投げ場を求めました。

瀬越は最終局で勝ち越しを決めました。
ラベル:雁金 瀬越 裨聖会
posted by 時代 at 17:56| Comment(0) | 裨聖会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年11月29日

裨聖会22

『裨聖会棋譜』
第22局 〈大正13年1月6日,13日,20日,27日,30日,2月2日〉

    雁金 準一(7勝2敗1ジゴ)
先番 鈴木為次郎(5勝5敗)

204手 白中押勝










白6・8は雁金の好きな布石で、生涯にわたって打っています。
黒29から難しい戦いです。
白40は俗で、E17カタツギが本手でした。
黒47が華麗な手ですが、白も48から強引に突破しました。黒はシボったものの断点が多く、微妙です。
黒87に回ってはやれそうです。
白94〜98は疑問。実戦のようになるなら、白94はいかにも悪手です。また、白96と単にオシ、白98ではなくM17逃げ出しも有力です。
黒113は121(O14)オシを決めるのが手順でした。後から黒121とオシたのをとがめて、白122以下三目を捨てたのが機敏で、白優勢になりました。

打ち掛け5回の大熱戦でした。
消費時間は実に、雁金15時間1分、鈴木15時間51分です。
ラベル:雁金 鈴木 裨聖会
posted by 時代 at 22:27| Comment(0) | 裨聖会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年11月28日

裨聖会21

『裨聖会棋譜』
第21局 〈大正13年1月6日,20日,27日,30日〉

    瀬越 憲作(5勝4敗1ジゴ)
先番 高部 道平(2勝8敗)

266手 黒3目勝










リーグ戦も残すところ各2局となりました。

白6〜12は瀬越らしい工夫です。
白28以下、コウがらみの難解な攻防です。
黒65まで面白い振り替わりです。結果は、局面がせまくなった分だけ黒不満ないでしょう。
黒73〜79は少しぬるいですが、形勢よしと見ています。
黒85はスキがありますが、これはむしろ白に手をつけさせて形を決めようという意図でしょう。
黒105〜113となっては黒優勢です。

2番手の瀬越が敗れ、雁金の優勝が決まりました。
ラベル:瀬越 高部 裨聖会
posted by 時代 at 21:36| Comment(0) | 裨聖会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年11月27日

裨聖会20

『裨聖会棋譜』
第20局 〈大正12年12月2日,9日,16日,23日,30日〉

    瀬越 憲作(4勝4敗1ジゴ)
先番 鈴木為次郎(5勝4敗)

171手 白時効勝










黒29・33は鈴木らしいですが、ややぬるい感じです。
白68となっては白成功は疑いありません。
黒95は形勢悪しと見た勝負手です。
黒131まで黒得したものの、形勢は微細です。
最後、黒は16時間を使い切って時間切れ負けとなりました。おそらく黒171の考慮中に切れたものと推測されます。現代であれば白170手完となりますが、記録通りとしました。

【高部道平と裨聖会の思い出 8】 雁金準一
 尚「裨聖会」という字源は、唐の「西京雑記」という著書の中に「聖教を裨益する」という文から選ばれたもので、その意味は俗に言えば「つまらぬ事をするより、碁を打って居れ」という事であろう。
 この様に高部の企画が、最初の筋書き通りの成功とは言えない迄も、同氏が本因坊家という旧家元の中に有りながら、その総帥である本因坊秀哉を出し抜き、当時尚敵国と目されていた方円社の連中と握手して新企画を発表し、世の喝采を拍し秀哉名人の狼狽ぶりを眼のあたりに見て、定めし得意の事であったと思う。
 併し彼の策のある処必ずしも斯くの如く順調に運ぶ事は稀れであり、反ってこれが短所ともなる事に気付かなかった為後年周囲の人々がその策を嫌い、一人退き二人抜け、最後迄残った私も高部の謀略の火の粉を数度に渉って浴び、遂には袂を分つに至ったが、これ又已むを得ぬ運命であった。
 同氏は後年棋正社の機関誌「碁」の編集を多年していたが、昭和十六年遂に棋正社も同氏一人となり、今度の大戦が烈しくなってからは、京都、岐阜と転々とし最後には東京に落付いたが昭和二十六年秋不遇の中に七十才で歿せられた。
ラベル:瀬越 鈴木 裨聖会
posted by 時代 at 20:19| Comment(0) | 裨聖会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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