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2014年01月11日

定石史研究 小目・小ゲイマガカリ・一間バサミ編2

(承前)
現在の定石であるケイマは、以前に紹介した俊節−秀甫戦があります。

(先)黒田俊節−村瀬秀甫 〈明治12年〉








本局以前は知りません。1号局として、俊節さん、ひょっとして歴史に名を残したか?

ブツカリに対してコスミツケた碁もあります。

(二子)安田秀策−本因坊丈和 〈弘化4年〉









貴重な秀策−丈和戦として知られている碁です。
二子ですし、置碁用の趣向かもしれません。

最後はカケです。

(二子)梶川守礼−本因坊秀策 〈安政4年〉









本局もやはり置碁です。
この進行は黒わかりやすいと思います。
珍しいところで、呉清源が試みています。

(先番)呉清源−加藤信 〈昭和7年〉








コミなしの黒とはいえ、黒23〜27は思い切った打ち方です。
呉清源が打ったとなれば、風格さえ感じられます。

現代では、カケに対してはハネて捨てるのが簡明とも言われていますが。

(先番)木谷実−小野田千代太郎 〈昭和3年〉








院社対抗戦の一局です。
黒11ハネで簡明策かと思いきや、黒13〜19!
怪童丸の辞書に簡明策など存在しませんでした。たいへん失礼しました。

最後にツケヒキです。この手もやはり江戸後期の手と思われます。

(二子)安井俊哲(算知)−本因坊丈和









ツケヒキは俊哲が何局か打っています。
初めはガチガチに打ち、後から蛮力を発揮するという、いかにも俊哲好みの手に思います。
posted by 時代 at 01:07| Comment(0) | 定石史研究 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年01月10日

定石史研究 小目・小ゲイマガカリ・一間バサミ編1

因徹−幻庵戦に珍しい手が出てきました。
コメントもいただきましたので、今回は定石の歴史を探ってみることにしましょう。
先日の碁に関連して、小目〜小ゲイマガカリ〜一間バサミのカケとツケを中心に考察します。

一間バサミに対するカケはきわめて古く、算砂−利玄戦に何度も出てきます。

(先)鹿塩利玄−本因坊算砂








このように、カカエ(ハネ)を省略して白14を急ぐのが特徴です。

(先)鹿塩利玄−本因坊算砂








本局では白12と大きく取りました。
現代ではカカエが本手とされ定石となっていますが、古碁でカカエた碁は見たことがありません。おそらく明治以降だと思います。

もちろんデギラずにハッた碁もあります。

(先)鹿塩利玄−本因坊算砂








白20〜26は後から決める場合もありますが、左上の形と黒27の大ゲイマジマリまでをセットにして、道碩時代まで同じような布石がたくさん打たれました。

ハサミに対して一間トビもふつうの手で、やはり算砂−利玄戦にあります。

(先)鹿塩利玄−本因坊算砂








この碁のようにトンでからツケノビるくらいなら、最初からツケノビたいところです。というわけで、江戸後期になってツケノビが試みられるようになりました。

(先)安井俊哲(算知)−本因坊丈和 〈天保4年〉








本局は初出ではないかもしれませんが、有名局の中ではもっとも早いツケノビでしょう。
黒11とだまってツギ、黒15〜23がいかにも俊哲らしい力強い打ち方で、有力です。

ツケノビに対しては現在ブツカリが当然の定石となっていますが、考えてみればいささか筋の悪い手です。

(先)安井俊哲(算知)−本因坊秀和 








江戸時代はケイマではなく白20の二間ビラキがふつうでした。
以下の進行は、完全に俊哲−秀和の世界です。
posted by 時代 at 22:59| Comment(0) | 定石史研究 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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