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2014年03月29日

野澤竹朝12

『萬朝報』碁戦 第106回(坊門勝継) 〈明治42年3月30日〉

先先先 高部 道平 四段
先番   野澤 竹朝 四段

212手 黒4目勝










白26〜30は面白く、いちおう止まっています。
白38から成り行き上、模様を張る展開になりました。高部にはわりとこういう碁があります。
白70が鋭い攻めでコウになりました。黒75でM18(!)が妙手で生きがありました。ご検討ください。
白96で大地が完成しましたが、黒97に回って黒勝ちです。

本局で野澤は12人抜きとなり、『萬朝報』紙の記録を作りました。
(次局で本因坊秀哉に先番で敗れ、止まりました)
野澤の、明治39年から42年まで4年間の『萬朝報』での成績は、なんと21勝4敗(.840)です(臨時手合を含む)。
手合割で黒番が多いとはいえ、信じられない勝率です。

しかし、これはあくまでも坊門内での勝ち抜き戦です。当時の坊門と方円社を比較すると、坊門はナンバー1である本因坊秀哉準名人を擁していたものの、後は峠を越えたベテラン棋士が中心でした。加えて、期待の若手であった雁金準一五段は、例の一件で野に下っています。
一方の方円社は、中川千治六段・広瀬平治郎五段・岩佐_五段などの中堅棋士や、鈴木為次郎三段・瀬越憲作無段(入段前)といった若手がそろい、層の厚さでは方円社に分がありました。
野澤の12連勝は文句なしにすばらしい成績ですが、はたして方円社の精鋭棋士にも勝てるのだろうか。囲碁ファンの興味はその一点に集まります。
posted by 時代 at 09:26| Comment(0) | 野澤竹朝 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月28日

野澤竹朝11

『萬朝報』碁戦 第104回(坊門勝継) 〈明治42年2月18日〉

          土屋 秀元 四段
先先先 先番 野澤 竹朝 四段

197手 黒中押勝










野澤は、井上孝平・稲垣兼太郎・伊藤小太郎・土屋秀元・高部道平・本因坊秀哉・喜多文子・井上孝平・稲垣兼太郎・田阪信太郎と破り、前人未踏の10人抜きを達成しました。
11人目の秀元戦です。

黒27、そして黒47は野澤らしからぬ打ち方です。10人抜きで、気楽に試してみようということでしょうか。
黒53でR14ツメなら、白はどうサバいたでしょう。
黒59が急所です。
白92と逃げ出しては長期戦の様相です。
白112までさらに稼がれ、黒113は必死の取りかけです。
黒123・125はどうでしたか。白134となってはアマリ形です。
白158ではG7〜M7で反撃するチャンスでした。白はシノギましたが、黒191が生じては足りません。

本局は大模様〜取りかけという野澤不得意の展開で、苦戦を強いられました。
秀哉以外の棋士にはなかなか負けそうもありませんが、秀元は強いです。
posted by 時代 at 22:18| Comment(0) | 野澤竹朝 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月27日

野澤竹朝10

『萬朝報』碁戦 第94回(坊門勝継) 〈明治41年11月9日〉

        本因坊秀哉 八段
先二 先番 野澤 竹朝 四段

244手 黒2目勝










白10・12と布石に趣向を凝らすのが秀哉の碁です。
白20〜24もいかにも秀哉らしい手。しかし黒31〜35が好手で、黒十分な分かれです。秀哉の自評によれば、白28はG16にトビ、黒D13、白ヌキ、黒G14ケイマの時に、白H14ツケでがんばるべきとあります。
黒57、61とどんどん大場に先行して、完全に野澤ペースです。
当然に見える白74ツケが逸機で、75ツケ(!)が勝負手でした。
以下、黒は確実に逃げ切りました。

野澤は二子番に続いて先番でも秀哉を破りました。随所に持ち味を発揮し、内容的にも生涯を代表する名局でしょう。
posted by 時代 at 19:30| Comment(0) | 野澤竹朝 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月26日

野澤竹朝9

『萬朝報』碁戦 第92回(坊門勝継) 〈明治41年10月15日〉

先先先 先番 高部 道平 四段
          野澤 竹朝 四段

212手 白中押勝










この『萬朝報』碁戦の日付は新聞掲載日で、実際の対局日ではありません。対局日は不明です。
現在の新聞碁でも対局日は書かれていないことが多いですが、後世に記録を残すという意味において、対局日を記載してほしいです。

白32と打ち込まれ、この布石は黒いやだと思います。
白88で三方ガラミの態勢です。
黒95以下がモチコミではっきりしました。
高部不出来の一局です。
posted by 時代 at 17:38| Comment(0) | 野澤竹朝 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月25日

野澤竹朝8

『萬朝報』碁戦 第90回(坊門勝継) 〈明治41年9月23日〉

          土屋 秀元 四段
先先先 先番 野澤 竹朝 四段

279手 黒1目勝










前年に秀栄が没し、後継者問題が起こりました。
紆余曲折の末、秀元が一度本因坊を継いだ上で、改めて保寿が秀哉となる運びとなりました。
秀元は前年は本因坊を名のっていましたが、土屋姓に戻っての一局です。

黒29〜39は平明な野澤流です。
白44は機敏。黒45以下厚みを築いてもつまりません。
白60まで、白かなり打ち回しました。野澤にしては珍しく、失敗の布石と思われます。
黒63、81は必死のところです。
微細の形勢ですが、黒185が悪く、S15がよかったとの評です。言われればなるほどです。
白226で227に打てばわかりませんでした。
黒は後半の追い上げで、辛くも1目を余しました。
posted by 時代 at 19:34| Comment(0) | 野澤竹朝 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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